眠い

ここ数日まともなブログ更新ができてない気がした。

今もこれを10秒で眠れそうな眠気の中書いている。

遅れる理由は3つ

午前中に書かず、先延ばしし結局寝る前になってしまう。

ネタを探して生活していない。

形や数値の残る成果のあることをしていない。

明日からこの3つを修正する。

とりあえず、今は寝る。

洗い欲

今日はなぜか大型のものを洗いたい気分になって、炎天下の中父の車を勝手に洗った。

汚れを落とし、白ボケした樹脂パーツとゴムパーツに保護剤を塗り、、ヘッドライトをコンパウンドで磨き、最後にワックスをかけて終了。

15年以上乗ってどこかすすけてくすんでいた車がキリッとなった。

黄ばんだヘッドライトはクリアになり、樹脂パーツが本来の黒色になることで全体の印象が引き締まったのだ。

父には特に大きなリアクションはもらえなかったが、洗いたい欲求は満たされたので満足。 磨きあげるのは気持ちいい。 やっぱりピカピカの車って素敵だ。

私、気になります

実家のドアヒンジや窓のレールをオイルアップした。

ドアや窓がどんなに動きが重くても、きしみ音が鳴っても、ガタガタいっても、毎日使っていても、気にならない人は気にならないらしい。でも自分は気になるから直すことにした。

シリコンスプレーをかけるだけでかなり動きはなめらかになった。こういうちょっとした快適さも毎日の蓄積という意味では大切だと思う。

直しても誰も気づいてくれなかったりするけど、小さな快適や気持ちよさを大切にするのはいいことだと思うから、明日も何かスムーズに動くようにメンテナンスしよう。

道具は工夫でなんとか

実家に日課の筋トレで使うダンベルがないので代わりのものはないかと探してみた。結局テラスのイスをダンベルに見立てて筋トレした。

持ちにくかったが意外と負荷はかかったので一応メニューはこなせた。

本来の道具がなくても代用の道具でも基本的なトレーニング、積む努力はできるものだと思った。

同様に、楽器がなくても練習できることはあるし、テキストがなくても勉強できることはあるよなと感じた。

毎日やる習慣を守ることの方がもっと重要で、こちらのほうを大事にしていこうと思う。

二重構造

自分の要求を飲ませるために策略を張り巡らす人。

自分の病気さえ交渉の道具に利用する人。

身内だからこそ難しい。

そんな部分も確かにあると思う。

家族の現実をまたひとつ、見せられた気がした。

責めるのではなく、反応して振り回されるのでもなく、ただ、そうなのかとひとつずつ受け止めること。それが自分のあるべきスタンスかな。

信じきるわけでも、相手にしないわけでもない。

そうなのかも、しれないね、という姿勢でいく。

生と死について

クリント・イーストウッド主演の映画『グラン・トリノ』を観た。

妻を亡くした頑固な老人が、隣人との交流によって、映画のテーマである生と死について考えを深めていく。

過激な暴力的表現も多いので、通して気持ちよく観られるかと言われればおすすめしないが、本質に迫る、という意味ではいい映画だったと思う。

いろんなことを考えた。

死ぬことと、消えてなくなることは同義ではないこと。

たとえ息絶えたとしても、これまでよりも明確にその存在を示すものもある。

一方で、たとえつつがなく暮らしていたとしても、環境や周囲との関係によっては、世界から消されている可能性もある。

復讐しないでいることと、許すことの違いについて。

波が立っていないから、亀裂が広がっていないから、

動きが見えないからといって、それは力が加わっていないということではなく、単に目に見える世界に限って"つり合っているように見える"というだけのこと。

あらゆるものはきっと、常に動いている、ただしそのほとんどは潜行していて並大抵の想像力では捉えられない。

目に見えているものだけが全てではない、むしろごく一部だという姿勢をもつこと。

そんなことを考えさせられる映画だった。

18きっぷ

一日中普通列車に座り続けることが、そこまで苦ではない自分。一度経験するともうこりごりという人が多いが、わりと何度もやれてしまうのは、やっぱりおかしいのかな。

安ければ飛行機を使うが、高いときは電車でもOKなんだ。

いつも乗っている電車の距離を2倍とか10倍とか100倍したら、同じところに着く。急ぎでもないし、新幹線ができる前はこれが最速だったのだし。

長距離電車の好きなところは、地面と接触しながら移動してる感じがするところだ。変わるのは景色だけじゃなくて、乗る人の服装や顔つきが変わり、言葉が変わり、においも変わる。

さて今回はどんな車窓だろう。